文久三年【冬之七】

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    部屋に入ると本庄は着替えもせずに座っていた。 「私は…中条は、医家です…なのに、私には何も出来なかった、私の力じゃ沖田さんを助けてあげられなかった…沖田さんは私と透の為に沢山の事をして下さったのに、何の恩返しも出来なくて…すみません…すみません」 本庄は何度も謝って大粒の涙を零した。 「止めろ…泣くな本庄、おめえの所為じゃねぇ、総司は昔から体が弱かった…おめえと出会うよりも前から咳をしていた…仕方なかったんだ……それでもおめえは総司を助けてくれたんだ、何も出来なかったのは俺だ、気付いていた筈なのに、知るのが恐ろしかった……本庄、おめえが総司にそこまでしてくれるのに、俺はおめえに何をしてやれるんだ?」 俺は本庄の利き腕を奪った張本人で、それなのにこうして此処で生きていて…大切な奴の命を救われて… 農民上がりの俺達とじゃ雲泥の差の天上人に一体何がしてやれるのか。 何をしたら償いになるのか分からない。 夏前…本庄が攫われる様に芹沢に連れていかれたすぐ後、何時もの様に門の傍に座り込む早阪がポツリと呟いた事があった。 《師匠が…余りにもでか過ぎて、たまに俺の中で見えなくなる…師匠は師匠なのに、突然居なくなって…怖い》 独り言だったのか、その時の俺には全く意味は分からなくて気にも留めなかったが、何故か頭から消える事は無く…今頃になって早阪の真意とは違う形で理解した。 本庄は本庄なのに。 居て当り前過ぎて、ある時突然、力を目の当たりにすると目の前に本庄はいない。 馬鹿げてる…本庄は自分の意志で総司と関わり今に至るのに…何故、中条の名前を出しただけで本庄が消えてしまうんだ。 中条の名に怯えるが余りに本庄を消したのは俺自身だ。 本庄は今までも今もこれからも目の前にいる本庄祿ただ一人。
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