文久三年【冬之七】

14/14
前へ
/554ページ
次へ
    本庄は要件が済み部屋を出ようとしたオランダ人公使を追い掛けた。 「私はこれから京に戻ります、そして二度と貴方と逢う事は出来ないでしょう…この抱えきれない大きな恩を返せないなんて私には耐えられない…これを貴方に差し上げます、どうするかは貴方の自由です、いらなければ棄てて頂いても構わない…ただ、オランダ王国がこれからも憲章の堅固と目覚しい発展…そして日本との友好を祈っています」 本庄は小さな手でオランダ人公使の大きな手を握るとその手に何かを握らせ押し戻した。 オランダは大きく日本を変えた国だ、俺は学問に明るくねぇが蘭学ってやつも、この国で頭のいい奴等は皆やっている。 本庄が生きていた百五十年後の日本にはきっとそれが当たり前になってんだろうな…渡したのは携帯電話だった。 オランダ人公使は通訳から本庄の言葉を聞くと押し返す様な事はせず、懐から白い布を出すと丁寧に携帯電話を包み懐に又しまい本庄と向き直った。 「ありがとう、ございます」 オランダ人公使は確かに自分の口で俺達の言葉を伝えた。 それは少し早口で言葉の強弱も変だったが、大柄で色が白くて髪は黄金色で目尻と口元に皺のあるオランダの老人は笑顔でそう言って頭を下げ、手を振り去って行った。 そんな後ろ姿に、俺は攘夷に何の意味があるのかやっぱり理解は出来なかった。 あの老人はあんな風に笑ってくれた、それは勿論本庄がいてくれたからこそだと分かってる、外国人が皆あの老人の様だと思っている訳じゃねぇけど、同じ国の中で斬り合いをするよりもよっぽど良い。 誰かに何かを頼む時、頭を下げるのは当然だ。 恩を受けたら礼をするのも当然だ。 それでいいじゃねぇか。 攘夷なんて、外国人を貶してんのと変わらねぇ。
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5137人が本棚に入れています
本棚に追加