元治元年【春之壱】

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    江戸? 何故、水戸へ発って江戸に留まっているのか分からない。 「どうして?」 「徳川慶篤が師匠を敵に回したから」 早阪君は俯き膝に乗せた拳を握り締めた。 「なぁ、俺にはお前の師匠が一体何者なのか分からねぇんだよ、相手は御三家だぞ?」 永倉さんは私の背中を押して部屋へ押し入れると障子を締めて火鉢の傍に寄る。 「俺だって…知らない、師匠は俺に何かを隠してる、師匠が隠したい事を俺は知ろうとしちゃいけないんだ…師匠はちゃんと帰ってくる、その約束さえあれば俺は構わない」 正直、驚いた…早阪君の本庄さんへの忠誠心の強さは並外れたものがあって、それは独占欲にも見えたのに、彼は曲がりなりにも一途に本庄さんを想い彼女を尊重していた。 余りにも強過ぎる絆は少し危うさを含んでいた。 「お前が良くても俺は良くない」 「…新八」 私と永倉さんよりも先に居た左之さんが嗜める様に永倉さんの名前を呼ぶ。 永倉さんと左之さんは永倉さんの方がしっかり者に見えるが気遣いは左之さんの方が上手だ、永倉さんはたまに怖い。 「永倉君、それを早阪君に問うのは筋違いです…彼女自身が答える事ですし、早阪君は知らないと言ってます…待つ彼を察してあげて下さい」 山南さんは悲しそうな顔で早阪君を見ていた。 やっと、逢えたのに 沢山、辛い想いをしたのに 彼は、又一人待っている。 震える背中は溢れんばかりの想いに押し潰されまいと必死で… 十六歳の少年には辛過ぎた。
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