元治元年【春之壱】

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    「分からへんな」 山崎さんは何時もと変わらない調子で一言呟き刀を弾き返した。 「何?」 「分かる訳無いやろ、あんたと副長みたく長う付き合うとる訳ちゃうで、ただ、俺は自分達の頭としてしか副長を気遣えへん、本庄かてそうや…あいつは新撰組の仲間、それ以上でも無ければそれ以下でもあらへん…そして将軍も同じ…あの御方を信じて俺等此処に居るのとちゃうんか?俺にはあんたの気持ちなんか分からへんで、あんたは自分の事何も語らんからな…せやけど将軍はあんたよりかはずっと分かるで……絶対に本庄ん事裏切ったり傷付けたりなんかせぇへんよ」 感情の起伏を滅多に見せない山崎さんは笑う事も無ければ怒る事も無い。 今も彼の表情からは何も読み取れない。 だけど、彼の言葉からは彼の信念が伺えた。 「何故、そんな事が言えるんですか…たった一度だけの謁見でどこにそんな保証があるんですか!!本庄さんは水戸徳川と敵対してしまったんですよ!!」 「血の繋がりってそないに大事なんやろか?あんたかて知っとるやろ?水戸徳川は尊王攘夷を示した…八月の政変があったにも関わらずや……そんな爪弾きにされとる連中と何代にも渡って何百年もその腕を認められ仕えてきた臣下とどっちが信用出来んのやろか?……あんな狂っとる連中と仲間の為に自分の命も擲てる本庄と、どっちが大切なんか将軍は知っとるで…俺…もし、百五十年先から来た本庄が刀を知らなかったら、どうか守ってやって欲しい言うて将軍に言われててん…それが出来ないなら江戸城にて預かるてな」 山崎さんは苦無を置くとその切っ先を見つめていた。 そんな話は知らない。 聞いていない。 本庄さんが江戸城へ? もし、私とあの夜出会っていなかったら… 本庄さんは綺麗な黒髪を切らずに済んだかも知れない…利き腕を失わずに済んだかも知れない…早阪君と離れ離れにならずに済んだかも知れない…水戸と敵対せずに済んだかも知れない… 全部、私と出会ってしまったから
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