元治元年【春之壱】

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    小さなお盆に湯呑みを二つ乗せて本庄さんは現れた。 「今晩は、夕餉は?」 「今は何も…」 私の問い掛けに困った様な笑みで少しだけ首をひねった本庄さんは隣に腰を下ろす。 「本庄さんこそ風邪引いちゃいますよ」 「少し位は平気です、どうぞ」 はっきりと大丈夫だと言わない辺り自身の体調は嫌と言う程に思い知っているのだろう… 膝に置いたお盆の湯呑みを一つ私にくれた。 「……?何か香りが、不思議?」 「ふふっ…ばれちゃいました?」 思わず笑った本庄さんに私は心底驚いた。 この人はこんな風にも笑えるんだ…知らなかった いつも気丈な立ち居振る舞いで凛とした姿は息を呑む物があったのに、今の彼女はどうだろう…手の甲で口元を隠してはいるが綻んだ笑顔は彼女を随分と幼く見せ、胸の高鳴りすら覚える。 想像の範疇な無い本庄さんの笑顔に戸惑いと焦りで顔が熱くなり何か話さなくてはと思いながらも頭は真っ白だった。 「人が飲める物とは思えない香りですよね?」 「え…あ、あ」 「私も飲むから、沖田さんも一緒に飲んで下さい」 「え!?これを!?」 本庄さんの言う通り、煎れてくれた彼女の手前かなり言葉を探して不思議等とは言ったが、正直に言えば泥水の匂いがする… 色は濃い番茶だが、香りが香りな為に土をそのまま解いた様にした思えなかった。 「………けほっ」 「ちょっと本庄さん!?」 飲むか飲まないかと言うより飲めるか飲めないかの葛藤の最中、本庄さんは躊躇い無く一気に飲み干し… むせている…
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