元治元年【春之伍】

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    真夜中、ほんの少しの温もりと肌寒さに目を開けた。 なんか重い…? 微睡む頭で痺れた腕を動かす。 柔らかい? ってか、この天井、何処? …………? ………!? 「………ぁ………あ」 痺れた腕で無理矢理重みを確かめる。 口元が震える。 必死に叫ばない様に息を吸う。 それでも、涙が視界一杯に溜まり零れた。 俺は、どうして… 「どうして……師匠」 死んだ様に眠るその人に俺の問い掛けは届くはずも無く、俺は真紅の襦袢を引き寄せその人を包む… 俺の触れた跡がそこかしこに残って、真っ白なその人には余りにも痛々しく見えた。 桜鼠の着物を更に着せて帯で緩く締め布団を整えて寝かせると、俺は適当な着物を一枚羽織って帯で締めて廊下に出た。 消え掛けた行灯に照らされた俺の着物は紫苑だった。 ズルズルと障子を支えに廊下に座り込む。 パタ、パタ、と着物を濡らす音が耳に届く。 「…ひっ……ぅ……くっ…」 悲しくて、情けなくて、腹が立って… 声を殺す事すら出来ない自分が大嫌いだ。 膝を抱えて顔を押し付けて声を消そうとしたけれど、息を吸い込んだ全ての空気に師匠の香りが残っていた。 「…どうしよ…俺、どうしよ………助けて、助けて師匠…」 訳が分からなかった。 自分がどうしたいのか… どうしたら善いのか… 何をしてしまったのか… ただ、ひたすら答えが欲しかった。 「…ありがとう…透」 差し延べられた手が俺の答えにならない事は分かっている。 それでも、その手を取らずにはいられないから… 「師、匠……俺、」 「私の全てなの…もう逃がしてあげないよ、誰にもあげないよ」 俺が、師匠を壊したんだ。 その事実は変わらない。 「俺は、何処にも行かないよ」 これが、俺の答え。
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