元治元年【春之陸】

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    この国の為に京へ来て大分経った。 高杉と共に沢山の話をしてきた。 善い事も悪い事も何もかもが国の為だと… 天子をお救いする為だと。 先生の無念を晴らす事が目的ではない。 先生の信じたものがこの国の為に何一つ間違ってはいなかったと証明する為だ。 松陰先生…貴方の信じたものが間違っていなかったと証明する私は間違っているのでしょうか? あの日、私は親族一門を守る為に貴方を見殺しにしました。 江戸へ送られる貴方の後ろ姿を私は見えなくなる迄、隣の塀の小さな穴から見ていました。 高杉は今も幕府を許していません。 小塚原で先生の遺骨を抱き、気性の荒い高杉が静かに涙したと聞いています。 世田谷へ遺骨を移したのは、せめて…幕府の意思の無い場所で貴方に育てられた弟子に見送られ眠って欲しかった高杉の貴方への敬意でしょう。 先生…私は、高杉が心配です。 いつか、孤高の者となってしまった時…唯一、私が高杉の背を一度だけ守ります。 高杉は、類い稀なる英邁です。 感情が先走る事さえ無ければ、きっと誰よりもこの国と貴方の為に在れる者です。 ですが、間違いなく、高杉は一度だけ大きな過ちを犯します。 それは命に関わる過ちとなる事は必死です。 先生…私は世渡り上手です。 でも、長生きには向いていないみたいです。 立志尚特異 正に高杉の為にある言葉でしょう。 俗流與議難 私は私の信じた者を違えません。 草莽崛起 貴方の弟子達は皆これを胸に立ち上がるでしょう。 私は先生の遺して下さった教えに誇りを持っています。 直に、この国の夜が明けます。 それは、私が眠りに就く頃でしょう。
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