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半刻程じっとし、外を窺うと中庭を挟んだ向かいの棟の一つ上の階の大座敷が騒がしい様で、私は今の部屋の二つ上の階に店主を呼び部屋を取り直した。
一介の浪士として輪違屋に入った為、怪しまれない様に花魁を一人付けた。
「よう、お越しやす…」
悠長な京言葉が似合う目の細い小柄な花魁だ。
花魁は私の様子を伺う様に小さく首を傾げると黙って酌をした。
動く気の無くなった私は何も言わず酒を流し込む。
あこまで馬鹿騒ぎをしているなら新撰組は今夜は此処を出ないだろう…真夜中にでも店を出れば多少酒が入っていようと何の問題も無い。
私はそう踏んでいた。
花魁の名も聞かず、一言も口を効かぬまま私は廊下に面した障子から斜め下、向かいの部屋を眺めていた。
花魁は何も言わない。
そう、花魁は部屋の入り口で一言挨拶しただけで、まだ何も言わない。
「何故、何も言わない」
「へえ…」
花魁は小さく返事をしただけで、やはり何も言わない。
障子から視線を外し花魁を見て驚いた。
「何を泣いている」
「………」
花魁は少し青ざめた顔で泣いていた。
意味が分からない。
「…堪忍しておくれやす…」
花魁の視線に漸く何故泣いているのか分かった。
我ながらどうしようもない男だと思う以上に花魁に不憫な思いをさせたと思った。
「私が悪かった…少し気が立っていたのだ……何もしない………こっちへ来い」
「………」
花魁は恐る恐る手を震わせて私の腕に触れた。
私はこの部屋に来てからずっと左手は大刀を握ったまま眉間に皺を寄せ酒を飲んでいたのだ。
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