元治元年【春之陸】

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    花魁の手を取り、引き寄せ抱き締めると僅かに体が強張った。 「すまなかった…頼むから泣かないでくれ」 「……」 花魁は小さく頷き私の着物を握った。 女を知らない訳では無いが、泣かれると如何せんどうしたら善いのか分からなくなる。 「名前を聞かせてくれるか?」 「…呉野と、申します」 「呉野か…」 「へえ…」 「綺麗な響きだ」 「……おおきに…御名前…」 「…河野だ」 私は咄嗟に嘘を吐いた。 当然と言えば当然。 だが、何故か…この花魁に嘘を吐いた事を後悔する自分が居た。 「河野はん…」 「…なんだ?」 「いいえ…呼んでみとうなっただけどす…」 「…そうか」 呉野は緊張を解いたのか少し私に寄りかかる。 あまり喋り上手ではない私はやはり何も口を効かなくなったまま酒を飲んでいたが、呉野が泣く事は無かった。 斜め下の部屋を見ると二人の男に連れられ花魁が一人座敷に上がったが少し様子がおかしい。 二人の男の内、一人は一度だけ見た事がある。 新撰組一番隊組長沖田総司。 もう一人の男に見覚えは無いがかなり大柄な、少年の様だ。 花魁は座敷に上がるのを拒む様に廊下で少年の手を引いていた。 花魁が座敷を嫌がる? 「呉野…あの花魁はこの店の花魁か?」 「え?………あぁ、違いますえ…あれは、着物だけうちが貸したんどす、えらいべっぴんさんどすなぁ…御髪短ぅて御侍さんやろか?」 「いや…あれは女だ」 「へえ…?」 新撰組に女? 女人禁制のはず… あの女、何者だ?
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