文久三年【春之壱】

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    私は又と無いチャンスを潰す訳にはいかなかった。 「私の荷物の中に細長い桐箱が入っています、その中の扇子を見ていただければ…」 帰る家も食料も何も無いのに放り出され右も左も分からないまま飢え死にだけは勘弁して欲しかった。 直ぐ様、浪士が荷物から桐箱を出し近藤勇に渡す。 静かに取り出されたのは漆黒の鉄扇。 眉を顰める近藤勇と土方歳三は鉄扇を開き… 目を開いて息を飲んだ。 「それは、我が家に代々受け継がれた鉄扇 徳川光圀公より賜わった葵御紋の鉄扇です…勿論紛い物ではありません 沖田さんと手合せさせて頂けないでしょうか?」 私は頭を下げた。 「歳…わしは見てみたいんだが」 「近藤さん!!でも、総司じゃ…」 近藤勇の歩み寄りに土方歳三は渋り言葉を濁した。 「やらせて下さい、お願い致します」 「…チッ……どうなっても俺は知らねぇからな」 フィっと外方向くと浪士達は湧き立った。 手合せは道場内で木刀の一本勝負。 上座には近藤勇と土方歳三、もう一人慌てて入ってきた眼鏡の優しそうな男が何事かと言いながらも座った。 「嬉しいな!本庄さんと手合せ出来るなんて」 全く緊張感が無い沖田総司には感服の極みだ。 「そうですか?」 「そうですよ?だってこの間は逃げられちゃったし、あんな紙一重で刀を木刀で止められたのも受け流しながら蹴り飛ばされたのも私、初めてですもん!」 「…ただの仕返しにしか聞こえない」
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