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賑やかな三味線が心地好く響く。
笑い声がやけに耳に残った。
高杉…この国の民は皆、こんな風に笑う事を許されてるんだろう?
この笑い声を一つ奪った代償に一体どれだけの笑顔が増えるのだ?
私には分からない…
分からないんだ、高杉。
ぼんやりと窓の外を眺める私に呉野は黙って酌を続けた。
気付けば酒を置き、嘆息して何も見えない中庭の闇を見つめる。
呉野は静かに私の手を取り、両手で包んで自分の膝に載せた。
「………」
「河野はん、お辛い様やったら見なくてもええと思いますえ?向き合うんは大事どす…せやけど、ぶつかり合うのとは違います、河野はん………長州のお侍様ですやろ?」
言葉が出て来なかった。
郷の訛りは一度だって出していない。
「お向かいのお座敷…新撰組の隊士はんらどす…あの方らをそんな哀しそうに御覧なられるんは長州のお侍様くらいどす…」
哀しい…
私は、もうそんな感情も分からなくなってしまったのか。
「呉野…自分が何を言ったか分かるか?」
「…へえ」
「そうか…」
「……うちの事、斬りませんの?」
「…そんなに斬られたいか?」
「いえ…」
許より呉野を斬る気など更々無かった。
ただ、気付いて欲しかったのかもしれない。
私が私である事に。
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