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「もし、私が貴様の言う吉田だとしたら貴様は私に一体何の望みを懸けると言うのだ」
「今は未だ申せませぬ、ですが、私の思い過ごしなので在りましたらば今宵は誠に申し訳ございませんでした…この部屋代全てを私が持ちますのでどうかご容赦下さいませ」
女は……本庄は私が刀を持っているにも関わらず両手を付き頭を下げた。
絶対的な有利を手にしていると言うのに、この部屋の全ての権限を私は奪われた。
今、この瞬間刀を振り上げる権利すら私は持ち合わせてはいない。
本庄の背後に広がる夜闇を含む、この目に映る全てが本庄に支配されている。
本庄に刀を向ける事が自らへの冒涜にも思える。
あぁ…だからだ、母親を思い出させたのはこの感覚だ。
姿形が似ているんじゃない、ただあの人は口数の少ない物静かな人だった。
子供時分、叱られた憶えは無く、何も言わずただ黙っている人だった。
あの目に似ているんだ。
親殺しはこの世で最も深き罪。
本庄は母親ではない、当然だ。
なのに、その眼差しが被る…
「私は、河野…河野藤三郎、三河の浪人だ」
「左様でございましたか…誠に申し訳ございませんでした」
本庄は頭を更に下げると顔を上げて立ち上がると一礼して部屋を出ようとした。
「本庄と言ったな…もう一度聞く、何を望んだんだ」
入り口で立ち止まると僅かに視線を投げて有ろう事かこう言った。
「ただ、死なないで欲しいと…では失礼致します………柳生新陰流…それ程までに腰を落とされる方はそうおいでではありませんね…それに、中傳四本目浮舟からの口傳六本目智羅天……皆伝者でなくば為せぬ神業…お見事です、吉田殿でないなら是非とも新撰組にお誘いしたいですね…」
本庄はふふっと笑うとそのまま部屋を出た。
無意識の太刀筋を全て読まれた…
そして本庄は私が吉田稔麿と知っていながら此処へ来た事は間違いない。
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