元治元年【春之陸】

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    「待たれよ!!」 私は突き破った襖を蹴って廊下に飛び出した。 本庄は振り返ると少し首を傾げる。 「私が、あの座敷を見ていたのは……羨ましかったからだ、私はあの者達が持っている物を全て失って此処へ来た…懐かしかった、私もあんな夜を又過ごしたかった……」 「申し上げたはずです…まだ、間に合いますと」 本庄はゆっくりと目の前まで戻ってくると伏し目がちに私の手を取る。 「どういう意味だ?」 「貴殿の手も未だ何も失ってはいません、未来を諦めないで下さい」 「私の手…も?」 「そう…貴殿の手も、誰の手も何もまだ失ってはいません」 本庄はそれだけ言うと私の手を離し歩きだした。 「また…逢えるか?」 唐突に口を突いて出た言葉に自分でも驚き慌てて右手で口元を塞いだ。 言われた本庄も余程驚いたのか目を大きく開き私を見ていた。 「あっ…いや!ちがっ」 「不思議な御方ですね…貴殿が真に願って下さるならば大丈夫…きっと又逢えます…では、失礼致します…」 本庄は今度こそ振り返る事無く廊下の角に姿を消した。 これで善かったのだろうか? 本庄と言う人間にこれ程までに近付いて善かったのだろうか? 過ぎた事を問い質した所で何の為にもならない。 ただ選択肢が増えた…漠然とそう感じた。
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