文久三年【春之壱】

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    「…師匠」 「大丈夫、任せなさい!」 あっけらかんと笑って見せると透は更に眉を潜めた。 真っ直ぐ向き合い一礼 「沖田総司対本庄祿一本勝負、始め!!」 ダァン!! バシッ!!…カラン、カラカラ 開始五秒 木刀一本が道場の入り口に転がる。 「馬鹿にするのも大概にして下さい、真剣勝負なら死んでますよ」 「い、一本…勝者、本庄祿」 私は腹わたが煮えくり返りそうだった。 「何故、動かなかったんですか?」 私が正面に立ち睨み付ける。 道場内は空気が凍り付き上座の三人は唖然としていた。 「すみません、もう一度お願いします」 沖田総司は半分放心のまま頭を下げた。 私は最初から試合を長引かせる気は無く居合いの初撃に賭けていた。 一歩目を大きく彼の膝近くまで姿勢を落として踏み込んだ。 いくら何でも全く動かないのはおかしいと思いつつ懐から一気に彼の木刀を弾き飛ばし水平に木刀を喉へ添えた。 これは透と幸人が私から盗んだ脚運びの完成型。 居合い呼び風 一撃目で相手を崩し二撃目で決殺、懐に入って刀を奪うだけじゃ居合いとは言わない。 だが、沖田総司は全く反応しなかったのだ。 まるで侮辱以外の何物でもない。 木刀を拾い私の前に立ち頭を下げた沖田総司は木刀を握り直した。 顔を上げた彼は初めて出会った時の人斬りの目だった。
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