元治元年【春之七】

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    「又、その質問ですか?」 又? 又とは何だ? 本庄とは今、口を訊いただけでこんな質問を…… した… 確かに俺は一度、この質問をした事がある。 丁度、一年前に… 「知りたい?」 顔を上げた本庄は見た事も無い程に恐ろしい貼り付けた笑みを浮かべ俺を見る。 聞くな 知るな 触れるな 本庄の全てが俺を拒絶していた。 違う、拒絶なんて温いもんじゃねぇ… これ以上口にするなら斬ると、そう言ってるのと変らねぇ。 俺は何も言葉を発する事が出来ないまま体が本能のままに後退りし、さっきの座敷に戻った。 焦燥に駆られたのか、 悚然に呑まれたのか、 まるで情操をこの目にした様な胸騒ぎ。 本庄は間違いなく『今夜輪違屋に来なければならなかった』んだ。 でなければ、最初の井筒屋から変える必要なんて無かった。 勿論、格は輪違屋が断然上だが、井筒屋も格式も敷居も低い訳では無いし俺達が全員入る座敷位持っている。 本庄が、ただ見てみたいそれだけで近藤さんに我が儘を言う訳が無い。 だが、何をしにこの輪違屋へ来たのか分からない。 何をしていたのか分からない。 本庄の桜鼠の着物の袖が僅かに斬れていた。 本庄の理性が均衡を失った。 死に急ぐ様に…
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