元治元年【春之七】

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    指先がやけに冷てぇ。 もしかしたら、生まれて初めてかもしれねぇ。 人は何度か斬った事はある。 斬られそうになった事もある。 斬り合いになった事だってある。 たが、 慈悲無き恐怖の前、無防備に命を曝された事は無い。 刀も無い女に、俺は… 脅えたんだ。 「…歳、どうした?そんな怖い面して」 「……近藤さん…いや、何ともねぇんだ…本当に、何ともねぇ」 上座に酔い潰れ寝ていた近藤さんが目を擦りでかい体をのそりと起こす。 手元を見りゃ並んでた徳利が転げていた。 「そうかい…早く寝ろよ?」 「あぁ…直に寝るよ」 徳利の音に起きたに違いねぇ近藤さんはそれ以上何も聞く事無く横になった。 近藤さんは優しい人だ、俺が話すまで聞かずにいてくれる。 ただ近藤さん、あんたは優し過ぎる。 きっと俺ぁ今夜の事を近藤さんに話す事は無い。 話したら近藤さんは本庄を江戸に行かしてしまうに違いないからだ。 俺と同様に近藤さんも一年前の過ちに自らを戒め本庄を気遣ってる。 分かってる、俺だってこんな所に置いておくより江戸に渡してしまった方が本庄の命だって早阪だって安全なはずなんだ。 だけど手放しちゃならねぇのも分かってる。 俺達は篝とならなきゃならねぇんだ。 そして、その中の火をそう簡単には消させねぇ。
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