元治元年【春之七】

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    広い三和土に降りて門を見ると確かに杖を突いた老人と背の高い男の影が見える。 「お久しぶりでございます、土方殿」 「…え?………っ!?」 門を前に俺は其処から一歩足りとも進めなくなった。 「その節は随分とお世話になりました」 「………」 「ちょっと土方君…」 斜め後ろの武田に脇を小突かれてもやはり動く事は出来ない。 「こっちは孫の慶之介です、ほれ…挨拶せんか」 「初めまして、慶之介と申します」 「あ、えぇ…新選組副長土方と申します」 「わざわざ江戸からご足労頂いた様ですし、上がって下さい」 呆然と動かない俺に代わり武田は警戒を半分解き二人を邸に招き入れた。 「文も無く参って申し訳ありませんな、所用で偶然近くまで来ましたのでご挨拶を…」 嘘だ… そんな訳無い。 「もう、ふた月になりますかな…お元気そうで」 「武田君、近藤局長を呼んできてくれるかい?」 「え?…えぇ、では奥の客間を使って下さいね」 武田は不思議そうにするも足早に外出している近藤さんを捉まえに出た。 「…………」 「小僧の調子はどうだ?」 黙って前を歩く俺に問い掛ける声は口調が荒くなったものの好好爺のままだ。 「元気にしてます、顔色も良くなりました…本当に感謝しています」 「坊が気にしておった、中条の娘の事も」 「本庄も元気にしてます…その為にわざわざ?」 「さてな…」 狸め… 雑賀の鈴木永嗣 徳川十本刀が一人 かつては主人を持たず確か雑賀孫市を頭として戦場を餌場にし砲術を得意とする不気味な一派、雑賀衆の一角… 三つ足烏の紋を隠しもしねぇ自信。
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