元治元年【春之七】

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    客間に通して、やっともう一人の存在に意識を向けられた。 「失礼ですが、そちらの方は?」 江戸城でこんな男を見た事は無い。 「将軍後見職一橋慶喜」 男は見た目が総司や平助に近い年に見えたが口調は淡々と冷たく聞き逃すと思う程で、到底会話の返答と呼べる代物では無かった。 だが、将軍後見職…要するに次期将軍と言う訳だ。 「失礼する」 障子が音も無く開き近藤さんが入ってきた様だが、俺は口も利けずにただ一橋慶喜を見ていた。 「…土方君?…失礼、挨拶が遅れまして、私は京都守護職会津藩預かり新撰組局長近藤勇と申します」 近藤さんは余所行きの顔で挨拶した。 土方君…これは京に来た時に二人で決めた事だ。 人前では俺を土方君と呼び近藤さんを近藤先生と呼ぶ。 今じゃ立派な局長と言う肩書きを使っているが…今、この二人の前でそんな小さな建前は何の意味も成さない。 「……土方君?どうしたんだね?紹介を…」 「近藤局長…今一つお下がり下さい…」 俺は近藤さんのでかい背中が見えるまで下がり頭を下げた。 「土方く……歳?」 「近藤さん頼む…」 近藤さんはそれ以上何も聞かずに俺の隣まで下がってくれた。 「右手に居られますのが、十四代徳川幕府御側御用取次方隠密御庭番衆こと徳川十本刀が御一人鈴木永嗣殿に御座います、左手に居られますのが十四代徳川幕府将軍後見職一橋慶喜様に御座います」
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