元治元年【春之七】

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    僅かに口を開いたまま近藤さんは二人を見つめて動かなくなった。 当然だ。 俺達にとっちゃ次の主人とこの国で最も強きと言われる武士を目の前にしているんだ。 「本庄を呼びましょうか?」 俺はどちらとも無く二人に話し掛けると… 「わしは結構、中条の娘に会いに来た訳ではないのでな…あ奴とてわしの顔など見たいとも思わんだろうよ…越後は雑賀をよく思うとらん、要らぬ火種にせんでもよい」 「鈴木がいいのなら私も会わなくて結構だ」 「是度はただ坊の我が儘で此処に立ち寄ったに過ぎぬ、所用があるのでな」 そう言うと老人とは思えぬ軽やかな風に立ち上がり障子を開けた。 「近藤と申されたな?一つだけ教えておいてやろう…越後の民と言うのはとても穏やかで争いを厭う、しかし忠誠を誇り高きとし警戒を何よりも惰らない…あ奴等が他者を受け容れる事は非常に稀だ…況してや出羽の中条、上杉のお墨付きを賜った一族…梅波斎は裏切りを許さぬ、絶対にだ背くは斬る…この国は大きく動き出した、戦は免れない、多くの者が死ぬ、お前さん等は国の人質よ…手放すなら今ぞ…徳川最高峰の一振りをな」 低く低く喉の奥で笑う鈴木永嗣におぞましさを感じた。 人質… 新撰組が人質 「本庄は新撰組隊士で御座います、か弱き民が捕えられて居るならばお助け申し上げる所存に御座います、御庭番衆様、捕えられた民はどちらに御座いましょう?我等新撰組将軍公の手となり足となり剣となり日の本の民が為、僅かには在りますがこの命、お預け致します…さぁ人質とは何処に?」 「こ、近藤さん…」 顔だけ此方に向けた鈴木永嗣が静かに近藤さんの目の前に立つ。 駄目だ……殺される。
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