元治元年【春之七】

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    真っ直ぐに鈴木永嗣を見上げる近藤さんと全く読めない表情で見下ろす鈴木永嗣の間に思わず息が詰まる。 逆らう事も言葉を返す様な事も許されない相手だと知っていながら、あの近藤さんが口答えした。 近藤さんは優しい…俺から見れば少し気弱さえ感じる。 俺達は侍と言う者をよく知っている。 立場や格、上下だって分かってる…目の前にいる二人を理解してない訳でも無い。 なのに、近藤さんは幕府の言葉を受け容れなかった。 幕府の言葉は謂わば命令。 鈴木永嗣は判りやすく、中条資春を幕府に還せと言ったんだ。 それを近藤さんは拒否した。 拒否が何を意味するか近藤さんは解ってる。 でも、近藤さんは本庄を選んだ。 「お前さんにはその覚悟があるのかね?」 低く皺枯れた声は今まで感じた事の無い恐怖だった。 「覚悟などありませぬ、覚悟とは後無き者に残された最期の心得…我等新撰組は、いや私も、本庄君も後が無いなど思っておりませぬ自らを振り返らず者に先は無し…帰る場所を思ってこそ国が為、民が為に刀を奮えるので御座います…新撰組は覚悟の下に集ったのでは御座いませぬ…揺るがぬ誠の志の下に集った武士に御座います……本庄君の誠の志、私はしかと受け止めております」 近藤さんは一瞬たりとて目を反らさなかった。 きつく握り締めた拳は震えていて、田舎の泥臭い言葉を堪え近藤さんなりに丁寧に喋った。 「……ははははっ!!まだまだ若いのぉ!精々詰まらぬ事で犬死になんてしてくれるなよ若造!!」 鈴木永嗣は突然大笑いしたかと思うと颯爽と部屋を後にし、それを黙って追うように一橋慶喜も姿を消した。
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