元治元年【春之八】

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    中条の娘が京に戻ると直ぐに水戸から使いが来て此度の一件を問い質した。 徳川の坊は珍しく、機嫌が悪かった。 慣れない苛立ちを持て余し水戸への釈明をはっきりと粛正だと言い切った。 水戸の使いはそれ以上何も言及する事無く帰ったが、これから何が起きるか分からない訳では無い。 暫くの間、坊は一橋と二人で過ごす事が多かった。 十本刀を寄せ付けずひたすらに二人で、ひと月近く話し続けた。 話が済んだのか又何時もと同じ日々が始まった矢先に肥後藩邸から不穏な報せが入った。 長州の動向危うし。 錦へ向かう兆し有。 錦…帝……御所………京 肥後藩邸には十本刀の草がいる。 危うし…相当な危機。 徳川の坊は何時もなら若い衆に遠征させるのに何故か儂を選んだ。 腕や足腰に自信が無い訳では無いが無理を推せる歳では無い事くらい自覚はしている。 況してや、京の狭い路地…射程範囲は充分でも身軽さでは圧倒的な不利。 だが、命令を下された以上は行くしか無い。 拳銃二丁、銃弾五百発、仕込み刀の杖一振りと言う荷物を用意すると極め付けに… 「一橋を連れて行ってくれ」 冗談じゃない。 「この老体にまだ荷物を持たせる気か?」 「命令だ」 「………連れて行くだけだ、儂の邪魔はしてくれるなよ?」 何故、儂がこんな目に…
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