元治元年【春之九】

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    偶然門に居た男に声を掛けると少し畏まる。 「江戸で行商を営んでいる者にございます、所用にて近くまで参りました…江戸では土方殿に随分とお世話になりまして少し顔を出したのですが、ご不在でしたかな?」 「此方にて暫し待たれよ」 男は鈴木の話に一切茶々を入れる事無くすんなりと引き下がり邸の中へと足速に消えた。 「目利きが立つ奴がおるの…」 「……?」 男の背中を好好爺宜しく見つめる鈴木に無言で問い返すと 「あれは上物だ…あの男の足音、聞いたか?」 「………」 私はたった今出会ったばかりの男を記憶の中で動かした。 背丈は私と変わらない。 歳は少し若く見えた。 表情に値踏みや疑いは無い。 足音……… あの男、確か廊下に居て三和土を抜けて来て、又来た道を戻った筈。 床の軋む音も石の上を磨れる音も砂を躙音も… 記憶に無い。 僅かに首を横に振ると鈴木は好好爺に垂れていた目を僅かに一瞬だけ鋭くさせた。 「人の殺し方を知ってる」 人の、殺し方 あの時、慶篤の喉から飛び出した赤い刀。 慶篤の首を切り落とした目にも止まらぬ一閃。 慶篤の胸を撃ち抜いた音。 殺し方。 あの、むせ返る臭い。 人が一人死んだ。 「人、斬り」
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