文久三年【春之壱】

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      近藤勇は激情家なのか私の肩をガクガクと揺らした。 道場内は依然として誰一人声を出さない。 チラリと近藤勇の後ろに未だ座っている土方歳三ともう一人の男を盗み見ると、バッチリ目が合った。 私は近藤勇の両手を握りどうにか振動を収めて上座へ座らせ、道場入り口に座る透の隣に正座した。 自然と視線は私に集中した為、左肘で此方を見ている透を小突く。 「お前まで私を見てどうする!前を見ろ!」 小声で伝えると「あ、うん」と慌てて正面を向いた。 「改めまして本日より浪士組にお世話になります、越後海銘館御波延明流師範本庄祿と御波延明流本目録早阪透でございます。どうぞ宜しく御願い申し上げます。」 深々と三つ指を着いて頭を下げた。 「宜しく頼むよ」 穏やかな近藤勇の声から一呼吸おいて顔を上げた。 土方歳三は私を鋭く睨んで確かに牽制を掛け、私も応える様に真っ直ぐに彼を見つめ返した。 これで一先ず路頭に迷う最悪の行く末は打破できた… それから直ぐに部屋を案内され私と透は屋敷の最奥、六畳一間を与えられたのは腕利きの浪士達の隣だった。 簡単に言えば不審を侵せば即斬り捨て御免と言う訳だ。 別に何を隠す事も無いので唯一の出入口である庭に面した障子は全開で開け放たれている。 服は怪しまれる為に直ぐに近藤勇が手配して男物だが着流しを用意してくれたので着替えた 。
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