元治元年【春之九】

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何処の何の寺院かも確認せずに鈴木の後を駆けて追う。 「御免!!!」 鈴木が大きな声を上げると慌てた様子で住職らしき老人が出てきて遠慮無く胡乱気な顔を見せた。 「本当に来られるとは…」 「本当に嫌な顔をしおる…」 二人は顔見知りなのか同時に溜息を吐くと住職は奥へ進み、鈴木も後に続く。 私に何か言う事は無いらしい。 「どうせ、仔犬を探しに来たのでしょう?」 「分かっておるなら聞くな偏屈爺」 「抜け抜けとよく言いますな、狸爺」 仲は良いのかよく分からないが、気は合うようだ。 庭に面した静かな長い廊下を抜ける。 横目に枯山水は見事だと感じたが、先ほど新撰組の屯所で見た梅の花の方が私は快かった。 廊下の角を曲がり左手二つ目の障子を開け中に入り、漸く座るかと思いきや、更に奥の襖を開けその奥の右手の襖まで開けて進む。 一体何処に向かっているのかさっぱり分からないが、正面の襖を開けると目の前には開け放たれた障子と其処から見える満開の梅の木が視界を埋めつくした。 「枯れずにおったか…」 「私が育てたんですから当然です」 「鞍馬の桜は枯らした癖に」 「貴方から頂いたから生かしてるんですよ、どの御方とて私には関係ありませんからね」 「へそ曲がりめ…」 鞍馬…確か先代田村家の当主の名前ではなかっただろうか。 住職は部屋の押し入れから座布団を二枚出すと縁側に置き、自分は何も敷かずにその座布団の隣に座った。 「貴方は相変わらず運の善い方だ」
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