元治元年【春之九】

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    「中条は是が非でも幕府を裏切る事は無い」 低く低く皺枯れた声は聞いた事も無い程の語調で畏れに飲まれ掛けた。 「十本刀は万に一つだって裏切りを見逃さぬ…我々は仲間等ではない……況してや越後中条、上杉に謀反を働いてまでその忠誠に価するかを見抜いた一族ぞ……中条は上杉の名に泥を塗る様な真似だけは命を棄てたとしても有り得ない!!!」 目の前の鈴木の眼には憎しみしか無かった。 徳川への憎しみ。 己の弱さへの憎しみ。 情けを懸けてやる事すら許されぬ憎しみ。 徳川幕府開闢より仕え続けた互いの因縁。 何故…こんなにも苦しみ、傷付いてまで戦う者達がいながら幕府は何もせず指をくわえていられたのだろう。 何故、この者達だったんだ? 「貴様は、中条を信じねばならん…それでも、もし…貴様が許せぬと言う時、儂等は刀を振り下ろす……だが信じもせん奴の言葉を儂等は聞き入れぬ、絶対にだ」 「…ち、中条は…民を棄てたりせぬか?」 口にしていいのか躊躇う言葉に口元がカタカタと震える。 「当り前だ」
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