元治元年【春之九】

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    「中条は、一体何を考えているんだ…」 分かる筈も無い。 「分からん」 「……お茶を飲みましょうか、どうせお豆腐を食べにいらしたのでしょう?」 鈴木が苦言を呈しているにも関わらず住職は穏やかな表情で縁側に上がった。 「お前さんは相変わらずだの…」 「この話の結末をこんな所で話しても、所詮は己の願望が少なからず入ります、そんな下世話な話をされにいらしたんですか?それならどうぞお引き取り下さい。」 住職は縁側に正座すると部屋の奥…私達が入ってきた襖へ右手で誘った。 「嫌味ばかり言いおって…粗茶も出さん癖によく言いおるわ…」 鈴木は下顎を突き出すとこれでもかと苦々しく悪態を吐く。 有無を言わさず一瞬で話をすげ替えられた。 しかし、この住職は何者なのだ? 鈴木とは旧知の様だが… 十本刀は普通江戸城内の一部の人間にしか素性を明かさない。 将軍しか知らないのも稀な話では無い。 殆どの者が中条とは状況が違うが名前を二つ以上持っており、言葉も外ではお国言葉を使う者は少ない。 十本刀は故郷から裏切り者と呼ばれ忌み嫌われる事もあり、それは他藩からもその印象は払拭出来ない。 十本刀は… 素性を一切明かさない。 馴れ合わない。 踏み込まない。 だからか、鈴木と住職の関係が新鮮で、その信頼関係から成り立つ会話に流れを任せて善いと思えた。
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