文久三年【春之壱】

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    着替えてふと思い出した。 髪、斬られたんだ… 刀は袋に締まったまま土方さんに預けてある為に刃物の類は一切持ち合わせていない。 仕方無く隣の浪士達の部屋に外から声を掛けると。 「なんだ?」 永倉さんが訝しげに顔を覗かせた。 「髪を、揃えたいのですが、小刀か剃刀を貸して貰えませんか?」 部屋の外で正座したまま彼を見上げるとかなり悩んだ末… 「あんたに刃物は持たせちゃならない言い付けだから俺がやってやる」 「いいんですか?…お願いします」 永倉さんは部屋へ引き返すと直ぐに出て来て庭で揃えてくれた。 「あんた強いんだな…」 彼は無愛想な割には髪を丁寧に扱ってくれた。 透は物珍しそうに私の目の前でニコニコしながら眺めていた。 「…どうですかね」 何と無く曖昧に濁すも彼は気にした様子は無く。 「総司が負けたの初めて見た、あいつ本当に強いんだ…返り血すら浴びない位に」 確かにそれは有名な話だ、土方さんに鬼の申し子かとも思われる程だったと。 「すごい…」 透は昔から利口だった。 悪ふざけはあるものの言って良い事と悪い事やって良い事と悪い事の分別をその場に合わせて臨機応変に対応できた。 私は何も言い付け無かったが、自分で下手に喋らない方が得策と思ったのだろう。 永倉さんと私の会話に多少の相槌以外は一切口を開かなかった。 「…もう、これでいいだろう」 そう言って永倉さんは髪を払ってくれた 。
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