元治元年【春之拾】

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    今日は非番。 道場で隊士達の撃剣の師範をしていた。 早阪君もいつもと同じように隊士達と一緒に指導を受けているが、最近本庄さんの姿を余り見ない。 今朝も少し捜し物をしたいから早阪君を見ていて欲しいと言って出て行った。 いつも昼過ぎから夕暮れ前には必ず帰ってくる、何かに巻き込まれるなんて事は本庄さんに限って無いだろうが、少し心許ない。 そんな事を考えながら、ふと築地塀の向こうの空に視線を向けた時だった。 「沖田一番隊組長はおいででしょうか?」 道場の入り口に一人の青年が現れ正座した。 道場は一瞬で音を無くし、全員が休止する。 「どうしました?」 「申し上げます。土方副長より出動命令です。大至急隠密に裏口より脱出し八木邸にて待機を願います」 顔を上げたのは中村金吾と言う生真面目な隊士だった。 「何事ですか?」 「詳細は分かり兼ますが、只今武田五番隊組長への出動命令も同時に出されました…敵襲かと思われます、人数は二名、内一名は老人の剣客と思しく武器を所持しております」 「分かりました、全員帯刀し順次裏口より脱出し八木邸に入りなさい」 道場に一気に緊張が走る。 全員が無言で頷いたのを確認すると二、三名の組になり道場を後にし、最後に中村金吾と共に早阪君を私室へ送る。 部屋へ着くまで早阪君は一切口を開く事は無かったが、部屋から出ない様に伝えると小さく私を呼び止めた。 「沖田さん」 「何ですか?」 「師匠、もうすぐ帰ってくる」 不安そうに眉根を寄せる早阪君の言いたい事は分かる。 「中村君、八木邸と前川邸の周りを巡回していて下さい」 「承知致しました」 「早阪君、貴方が心配するような事は何一つ起きたりしません、絶対に」 「ありがとうございます、沖田さん」 「では、行きましょう」 少し安心したのを確認すると足速に邸を後にした。
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