元治元年【春之拾】

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    裏庭に面した小さな部屋に武田さんと向かい合って座る。 正直に言えば武田さんと二人きりの時に正面に座るのはかなり覚悟がいる。 そう思っているのは私だけじゃないはず。 「武田さんは御覧になられたんですか?…老将を」 微かに殺意を滲ませる。 「…見たよ、誰から老将なんて聞いたんだい?」 武田さんは飄々と笑顔で私に問い返す。 「私を呼びに来た中村金吾君が老人は武器を所持していると…」 「へぇ…そりゃ凄い」 武田さんは素直に驚いている様で僅かに目を見開いた。 「どういう事ですか?」 「仕込刀さ、それも相当の上物」 中村君が仕込刀を見抜いた? 老人と言う事は杖か。 そんな話をしている時、彼は戻ってきた。 「失礼致します」 「どうぞ」 武田さんは穏やかに入室を促す。 「失礼致します、沖田一番隊組長、巡回は何者にも逢う事無く完了致しました」 中村君は敢えて本庄さんの名前を出す事無く的確に要件を伝えてくれた。 「ありがとうございました。ところで中村君、一つ聞いてもいいかな?」 私は無性に興味を掻き立てられた。 「はい、何でしょうか?」 「何故老人の仕込刀を見抜けたのかな?」 「え?仕込刀ですか?」 中村君は全く何の話か分からないと言わんばかりで困った様に首を傾げている。 私にも訳が分からず武田さんと顔を見合わせる。 「君、沖田君に老人が武器を所持していると伝えたのではないの?」 「はい、お伝え致しました。」 ますます分からない。 「一体、どういう事ですか?」 私は今度は真っ白な質問をしてみると信じられない答えが返ってきた。 「火薬の香りです」
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