元治元年【春之拾】

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    「…何だって?」 「もう一つは老人の呼吸です」 武田さんの射抜く視線に対峙した中村君は更に付け加えた。 「呼吸、ですか?」 「左様でございます。老人は皺一つ無い着物を召しておりましたが、硝煙独特の香りが彼自身に染み付いておりました…それと私が出迎えた時に呼吸回数が極端に減ったのです、これは剣士には余り見ないのですが、火器を扱う者特有の呼吸です、私が気付いたのは仕込刀ではなく銃機です」 中村君はそう教えてくれた。 私は度肝を抜かれた。 彼の一語一句が私の心を奪った。 「中村君、何でそんな事…」 「私は備中で製鉄を生業としてました…そこから少しばかり砲術を」 これは少しばかりの域じゃない… 「中村君、気に入った」 その一言が、彼の運命を大きく変えるとは夢にも思わなかった。 彼は一瞬鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした後、青ざめた。 「有り難う、ございます…では失礼致します」 そう言って中村君は八木邸を後にした。
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