文久三年【春之壱】

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    「ありがとうございました」 襟足がかなりスッキリとした。 「師匠…髪…」 透は少し淋しそうに私の髪に触れた。 言いたい事は分かってる。 「命には変えられない、髪なんかすぐに伸びる、そんな顔するもんじゃない」 透の肩を軽く叩いて振り返ると、 「女は…髪、大事だろ…」 永倉さんは眉を潜めて何か言いにくそうにしていた。 「先程も言いましたが、私は武人です…私なら髪より背を取られる方がよっぽど恥です」 「…そうか」 きっぱり言い切るとそれっきり彼は何も言わず部屋に帰って行った。 「透、明日から又稽古をしようか?」 ニコリと笑って見せると透は少し目を開いた。 「いいのかよ?」 「木刀なんだし文句無いでしょ?此処でやろう」 「やりっ!!師匠の稽古久しぶりだ!!」 歳相応に透ははしゃいで見せたが直ぐに暗くなった。 「どうした?」 「皆、心配してるよな…」 透はゆっくりと軒先に座り込んで俯く。 微かに肩が震えていた。 私は隣に座って透の広い背中撫でた。 いくら体が大きく剣術に長けて本目録まで持っていても透はまだ15歳なのだ。 家族が傍にいて当たり前の歳だ。 「ごめん、透…全部私の所為だ…」 私が要らぬ怨みを買わなければ 2年連続試合に出なければ 助手など連れなければ あの時、透をホームに押し戻せていたなら… ひたすら後悔の念に苛む。 「違うって…そんなつもりじゃないんだ、ごめん師匠…俺、師匠を責めたりなんてしてねぇよ」 「それでも私はきちんと責任を果たさなきゃならない…少しずつ道は拓かれる、守ってみせる…皆の待つ場所に帰れるまで必ず」
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