元治元年【春之拾】

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嘘 その声が、恐ろしく 冷たかった。 「嘘、ですか…」 「師匠は、京都に来てからの一年で、俺に三つの嘘を吐いた」 鳥肌が立った。 「一つ目はあの怪我、二つ目は大丈夫と言う言葉、三つ目は…」 「止めなさい!!!!」 私は立ち止まると早阪君の腕を力一杯に握り締め怒鳴り声を上げた。 「………俺、俺、弱い癖に、師匠が、大好きなんだ…守れる力も無い癖に……好きで、好き過ぎて…全部全部全部分かっちまう…知りたくない事も、知っちゃいけない事も…」 「その事、本庄さんは?」 「たぶん、知らない…」 「言ってはいけませんよ、絶対に」 「…うん」 私は早阪君を引き摺るように歩き出す。 大宮五条に入るとすぐに左手に西本願寺が見える。 堀川通から御影堂門を潜り敷地に入る、町人がちらほら見えるが皆、黄昏時な所為か帰路についてる様だ。 御影堂を覗くが人影は無い。 阿弥陀堂も覗いたがいない。 「入れ違いになってしまいましたかね?」 「…かもしれない、ねぇこっちは何?」 そう言うと早阪君は夕陽の差し込む細い廊下をたったっと進んでしまう。 「ちょっと!!待って下さい早阪君!」 廊下の突き当たりに立つ早阪君の長い長い影に追い付く。 「いた…」 「…本庄さん」 其処は百華園 本庄さんは夕陽を横目に百華園の池をただただ眺めていた。
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