元治元年【春之拾】

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    本庄さんは私達に気付いていない様だった。 波紋の無い水面を見つめる本庄さんの瞳は虚ろで、水面ではなく果てしなく遠い何処かを見ている様な雰囲気で、私と早阪君は少し様子を伺う事にした。 何故、本庄さんはこんな刻限にこんな場所でこんな事をしているのか分からない。 「師匠、泣いてる」 「え?」 私の見る限り、本庄さんが涙を流している様な様子は伺えない。 「昔は、よくああして泣いてた、誰にも言えない事があると涙も声も出さずに泣いてた…」 本庄さんの今の状態を泣いてると判断するには出会って一年そこらの私には無理だった。 「誰にも言えない事、ですか?」 「うん」 此処は西本願寺。 長州藩士や過激派攘夷志士を匿っていると話で聞いている。 誰にも言えない事。 嫌な予感がする。 何故、本庄さんは西本願寺に留まっているのだろう? もうすぐ夕暮れ、早阪君との約束の時間まで後少しなのに… 早阪君の背中越しに本庄さんを見ていると、住職らしき年配の僧侶が現れた。
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