元治元年【春之拾】

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    「まだ、いらしたのですか?」 「…あぁ」 「もう、夕暮れです、お約束に間に合わなくなってしまいますよ」 僧侶は本庄さんを気遣う様に彼女の斜め後ろに立って「約束」を口にした。 「何で、あのおっさん約束を知ってるんだ…」 早阪君は裏切られた様な、信じ難いものを目にする様な顔で本庄さん達を見ている。 「お前が首を縦に振れば、私は帰れる」 振り返った本庄さんに表情は無く、見た事も無い顔で男を見ている。 「っ!?」 「……!!」 私には分かる… あれは、人を殺す目だ。 息を呑む早阪君が声を上げてしまう前に手で口を塞ぎ、本庄さんの姿が見えない所まで引き摺る。 早阪君の口元が震えている。 「……、ぃ」 「すみません、何ですか?」 手の下で早阪君が小さく何かを呟いて、私は手を離した。 「帰りたい…」 「はい、帰りましょう…」 肩を落とし、足取りの重い早阪君の気持ちは痛い程に分かる。 「ねぇ、早阪君」 「………」 「本庄さんを迎えにいきませんか?」 「でも…」 御影堂門の真下、私は通せんぼをする様に早阪君の正面に立つと彼は今にも泣きそうな顔をして俯いた。 「三人で一緒に帰りましょう」 「恐いよ」 「そうですね、私も恐いです」
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