元治元年【春之拾】

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    この人は、何て顔をするんだ… 「私が?あははっ…本庄さんて面白いなぁ…そんな訳無いじゃないですか」 強張る口元を誤魔化す様に笑ってみた。 おかしい…何時もは巧く笑えてた筈なのに、目頭が焼けるように熱い。 喉が締め付けられる。 私は堪え切れずに俯いた瞬間、足元の砂地に一滴、又一滴と染みを作った。 「いいえ、初めて会った時に申し上げた筈です。冗談は言うが嘘は吐かないと…」 「なら…今の話だって冗談なんでしょう?からかわないで下さい」 私は無意識に一歩下がろうとしていたが、本庄さんに腕を掴まれ顔を上げてしまった。 しかし、顔を上げた先に居たのは空を見上げたままの早阪君だけで本庄さんがいない。 掴まれた腕を視線で辿れば、彼女は私の足元で膝を着き私を見上げていた。 「辛い時は、辛いと仰って下さい。人を殺す事は辛い、人を喪う事は辛い、人を遺す事も辛い…この刀が仮令断ち切る側の物であろうと、沖田さんのこの手は繋ぐ為にある手です。泣く事は弱さではありません。死を怖れる事も弱さではありません。認める強さです、人は何時だって必ず誰かに想われ守られています、貴方は一人で戦ってるんじゃ無いんです」 私の手を握り締める本庄さんの右手に又一滴、雫が落ちる。 「私は、恐かったです…死ぬ事も、遺す事も、自分の生きた証が人を斬った事だけしか無い事も…誰かに想われ守られてる事も…恐かった、恐かったんです…全部無くなってしまう事が」
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