元治元年【春之拾】

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    父も母も亡くし、姉夫婦に育てられた。 それはそれは良くしてくれたし、可愛がっても貰えた。 だけど、貧しくて、家を出る事になった。 私を預かり面倒を見てくれた近藤さんは本当に優しかった。 近藤さんは誰にでも親切で幼なじみの土方さんはお人好し過ぎると苦い顔をよくしていた。 近藤さんの周りにはいつも沢山の人がいた。 それは一概に近藤さんの人柄と言える証だった。 ある日、近藤さんは京に行くと言い出した。 将軍様を御守りする為だと言っていたが、私にはよく分からなかった。 でも、近藤さんが行くなら当然私も行くつもりだった。 将軍様の為に働く事は良い事だけど、私の判断基準の全ては近藤さんだ。 彼に報いたい。 ただ、それだけだった。 でも、近藤さんは許してくれなかった。 「総司はまだ子供だ、連れては行けない」 私は、口答えなんて出来なかった。 近藤さんには返しても返しても返し切れない恩がある。 我が儘を言って彼を困らせたく無かったし、私は聞いてしまったから、 近藤さんの本当の想いを… それは京に行くと言い出し、私を置いて行くと言った二日後の晩だった。 夜中、廁に起きた私は偶然道場の傍を通り掛かり話し声を耳にした。 道場の入り口からそっと中を覗くと縁側に土方さんと近藤さんが座っていた。 何だか神妙な面持ちで土方さんが腕を組んでいたから、声を掛けてはいけないと思い部屋へ引き返そうとしたが… 「総司に、生きて…欲しいんだ」 近藤さんの嗚咽を堪えながら話す声に足はその場に縫い付けられた。
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