文久三年【春之壱】

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    出来るだけ早くに決断しなければならなかった。 今はまだ、明かせない。 だけど隠し通せる程小さくは無い。 寧ろ早めに明かした方が立場は確立し安定する。 私が、命を喪う事になっても堅く口を閉ざした事。 牢屋にいる時点で明かせば切腹なんて騒ぎにもならなかったのに、それでも守った言い付け。 《是より先、何事在ろうとも抜刀を固く禁ず…これ一度とも相背けば切腹を申し付くべく候也》 これは本庄が本庄である為の矜恃だ。 守り通さねば自分の中の何かが折れる。 それだけは死んでも嫌だった。 でも歴史は流れ続ける。 この瞬間にも刻一刻と刻限は迫る。 浪士組なら芹沢鴨がまだ生きている筈… この事と季節から推測出来るのは現在が文久三年二月二十三日から三月十三日までの間になる。 三月十三日からは京都守護職御預かりなのだ。 布団に入り普段よりもかなり早い就寝は昨日までの四日間を思えば随分寝付きが良かった。 色々考えながらうとうとしていたせいか布団を引っ張られるまで透が呼んでいる事に気付かなかった。 「…師匠…」 「…ん…なに?」 聞き返しても透は中々話さない。 「どうした?」 不思議に思い起き上がると透はグイッと布団を引き上げ顔を隠して手を差し出した 「……手…」 「………」 呆気に取られ透の手を凝視してしまった。 少しの笑いと少しの悲しみと大きな愛しさを感じて透の手に自分の手を重ねると大きなゴツゴツした節くれ立った指はしっかりと私の手を握り締めた。 「透、私は何処にも行かないよ…お前の傍にいるからお休み」 「……おやすみ師匠」 ボソッと低い声が返ってきて直ぐに寝息が聞こえ私も一つ決心して目を閉じた。 三日以内に江戸へ早飛脚をどうにか飛ばそう 。
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