元治元年【春之拾一】

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    全部、嘘だ… この怒鳴り声も 沖田さんへの未来の可能性も 近藤さんと沖田さんが分かり合えた事すらも 全部、嘘だ… ただ、ただ、怖いんだ… 透に知られる事も 新撰組を欺いてまで、攘夷志士と繋がりを作っておく事も 明日、自分の目が覚めないかもしれない事も 怖くて怖くて 有りったけの嘘でこの恐怖を誤魔化したいだけなんだ。 「本庄君?」 誰か正直に教えて欲しい。 幕末に閉じ込められたなんて、悪い夢だと… 「本庄さん?」 誰か約束して欲しい。 明日は必ず来ると… 「師匠……」 誰か助けて欲しい。 私は強くなんかない… 「…………もう、嫌だ…」 「なら、儂と来るか?」 「…あ…貴方は…」 崩れ落ちた私の背後から聞こえる皺枯れた声に驚愕する近藤さんすら私は見る気になれなかった。 「お前さんが、望むなら連れて行ってやるぞ…」 「貴方、誰ですか?」 沖田さんの声に怒りが混ざる。 「儂なら助けてやれる」 「師匠に近づくな」 前にいた透の声が私のすぐ後ろで聞こえる。 「本庄祿…さぁ選べ」 「私は、弱い……貴方にそうやって背中を押して貰わなければ、立ち止まったまま動けない……私は、私は行かない」 「死に急ぐな本庄祿、お前さんはまだ何も失ってはおらん」 自分が言った言葉がまさか返ってくるとは思わなかった。 言われた言葉に涙がボロボロと零れて、自らの手の甲を濡らした。 「負けてしまうのが、怖い」 「なら勝てばいい」
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