文久三年【春之壱】

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    翌朝、やはり緊張からか夜明け前に目が覚めた。 四時位にだろうか。 寝返りが打てなかったせいか体が軋む。 透の手を静かに解いて布団を畳み軒先の廊下に出て座った。 まるで古い寺社の庭園を見ているようで庭石や草木は浜育ちの私には全く馴染まなかった。 取り敢えず、今日やる事は稽古と書簡をどうにか仕上げる事だった。 部屋を一通り見たが半紙と筆は見付からなかったので近藤さんか土方さんに頼むしか無いらしい… 「……はぁ」 大きくため息が漏れる。 ぼんやり朝日で群青が紫苑、灰白へと澄んでいくのを眺めていた。 「秘色から白躑躅…冬から春……か」 「襲ね色…ですか?」 独り言に返事が返ってきてゆっくりと視線を滑らすと柔和な笑みを浮かべた昨日道場の上座に座っていた眼鏡の男だった。 「お早うございます」 「お早うございます、ご挨拶がまだでしたね…山南敬助と申します」 小野派一刀流免許皆伝、北辰一刀流経験か… 出会う相手を見ては書物の抜粋が頭に浮かび、その流派に対応出来る型や間合いなどを頭でシュミレーションしてしまう自分は自覚している以上に気が張っているらしい。 「本庄祿と申します…襲ね色をご存知なんですか?私は趣味程度の浅知恵です」 出来るだけ相手と目は合わせたくなかったから視線を庭に戻した 。
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