元治元年【春之拾二】

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    近藤さんに支えられて師匠が立ち上がるまで、俺は身動き一つ出来なかった。 それは沖田さんも同じだった様で、 「本庄君、寒くなった帰ろう…皆が待ってる」 俺と沖田さんの背後で近藤さんの声が聞こえて、やっと深く息を吐き出した。 近藤さんの声は少し悲しそうで、屯所に着くまで他に何も話さなかった。 沖田さんは歯を食い縛るように真一文字に引き結んで何かを思い詰めた様にただ足元を見て歩くだけで、俺は何とか遅れを取らない様に今も中々言う事を聞かない膝を必死に前へ動かす。 俺は、どうしたらいいんだろう。 守られてるだけでいいのか? でも、俺に何が出来る? 今だって師匠の盾になる事すら出来なかったじゃないか… 屯所に着くと師匠は真っ直ぐ部屋に戻った。 その足取りはとてもしっかりしていて、俺は躊躇いがちに師匠を追い掛ける。 「……師匠」 「透、お前には沢山の隠し事をしている…それは私の知られたくない事ばかりじゃない…透が知ってはいけない事も含めて私は隠している…透、」 「師匠…むかしむかし、新潟がまだ越後と呼ばれていた時代です。越後には越後を守るために十七人の武士がいました。その中に大きな真っ黒な刀を持ったお医者様もいました。そのお医者様は越後を守るために敵の仲間になる事を決めました。越後の仲間は半分近く戦で死んでしまい、残った僅かな仲間はお医者様をなんとか助けようとしましたが、お医者様は自分の弟に後の越後や家族を頼み、一人静かに死んだ振りをして越後から去りました。越後からはお医者様の他に二人の武士が越後からいなくなってしまいましたが、その後の越後は静かな平和を取り戻しました。それから何百年…大きな大きな世界戦争を最期にお医者様の血筋の方の姿を見た人は日本の何処にも居なくなりました…その戦争が終わってから数年、越後の浜裏に一人の兵隊さんが流れ着き、兵隊さんは浜裏で暮らし始めました。大きな真っ黒な刀を持った兵隊さんは浜裏の子供達に刀の使い方を教えてくれました。《これは、大切な人を守るための刀だから、絶対に人を傷つけちゃいけない》兵隊さんはそう教えてくれました。………師匠…帰ってきてくれてありがとう…兵隊さんは中条資祿さんて名前だったんだよ…」 婆ちゃんの小さな時の昔話。 忘れちゃいけない大切な昔話。
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