文久三年【春之壱】

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    「私の知己から少しばかりね…」 モゴモゴと喋る所、女なのだろうと思い言及はしなかった。 「君は…その、本庄君は越後だったね?」 庭を彷徨っていた視線はピタリと止まり何も映さなくなった。 「…それが?」 「越後には古くから本庄と言う大きな一族がいるなぁと少し思っただけなんだ」 俯いて視線を紛らわせながら山南さんを見据える。 「越後など出羽や陸奥に近付けば本庄くらい幾らでも居ます」 そつなく返す、この男……気付いている? 「そうなのかい?越後には知り合いも無く行った事が無くてね」 「…そうですか」 「そんなに知られるのが怖いかい?」 危うく張り倒しそうになった。 「何を?聞きたい事には牢内でお答えしましたが」 顔を上げて目の前の松の木を見つめる。 「流派を渋ったのは何故だい?」 山南さんは私を見ている。 「自らの手の内を明かすのは命を重んじない事と同じかと」 私は間を開けずに返すと山南さんは少し笑った。 「失敬…本庄君の言う通りだね、愚問をすまない」 「…いえ」 食えない嫌な男だ。 頭が良いと口達者で困る。 引き際をよく知った利口な男で、本当に苛々する。
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