文久三年【春之壱】

26/35
前へ
/554ページ
次へ
    それから他愛ない会話を二つ三つして彼は帰って行った。 夜は完全に明けて浪士達の部屋から声が聞こえ始めた頃だった。 部屋に入って透を起こし近藤さんに教えてもらった井戸で顔を洗う。 朝食に土方さんは居らず食事を済ませ近藤さんの部屋を訪ねた。 此処での記録を付けたいと適当に言って半紙と硯と筆と墨を貰った。 その時に何か入用があるかもしれないから少し持っておきなさいと金を渡された。 これは棚ぼただと内心ほくそ笑んだのは勿論内緒にしておき、愛想よく笑顔で京の街並みを見たいからと浪士を一名借りて外出を許された。 これで飛脚を探せる… 取り敢えず透に庭で素振りをさせる間に現状と身分証明と成り得る証拠を書き連ね桐箱と一緒に包む。 黄昏時までひたすら打ち込み等の稽古をした。 夕食になると土方さんは皆と同席していた。 食べおわった頃、肩をポンと叩かれ振り返った。 「沖田さん、どうかしましたか?」 ニコニコ笑いながら彼は私と透の間に膝を着いていた。 「本庄さんと早阪くん、明日街へ出ませんか?私案内しますよ!」 きっと近藤さんが気を利かせて沖田さんに話してくれたのだろう。 「いいんですか?お仕事は?」 「明日は非番なんです!」 彼は本当に明るい、明るい伏兵なのだ。 「お願いします、沖田さん」 私も満面の笑みで応えた 。
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5137人が本棚に入れています
本棚に追加