文久三年【春之壱】

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    次の日も夜明け前に目が覚め廊下に座り庭を眺める。 十分程そうしてから痺れを切らしたのは私だった。 「……何時まで其処に立ってるんですか?」 松の木を見つめたまま問うと… 「気付いていたのかい?」 山南さんは後ろ頭を掻きながら廊下の角から現れた。 「私が此処へ座るよりも先にいらしていた事程度なら」 参ったなぁと苦笑いながらも彼は隣に座る。 「今日は何を聞きたいんですか?」 「私も少し勉強してきてね」 「…何を?」 人の善い笑みで彼は私を見ている。 「本庄君が、本当に本庄君かどうか」 馬鹿馬鹿しい事だ… 「では、私が何だと?」 「分からないんだよ、それが」 山南さんはう~んと顎に手を掛けすっとぼけた事を吐かした。 「付き合いきれませんね」 「あの刀、本庄君の物?」 彼の話術は敵の逃げ場を撃ち抜いた後に的を射貫くらしい。 「祖父から継いだ物なので詳細刀工は知りませんが、私の物です」 あの刀には見える場所に銘も号も打ってない。 「中々の業物だね」 「私は目利きが立ちませんので」 「…福岡一文字」 私は必死だった、自分を抑えるには何が必要か 彼の返事よりもそればかりが頭を掻き乱す分からない様に舌を咬んで耐え口を開いた。 「山南さんの刀ですか?」 「まさか…私は赤心沖光だよ」 播州住人だったかな… 赤心ねぇ、どう転ぶか分かったもんじゃない。 「蛤刃の…乱れ映り、特徴的だよ」
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