文久三年【春之壱】

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    この時代でよく其処まで調べあげた物だ 「…そうなんですか?」 私はニコリと笑って見せると山南さんは微かに目を細める。 「下緒は大名結びの蝋色塗りの黒漆鞘、打刀ではなく長刀、大太刀四尺五寸…今まで見た事が無い」 報告書を読み上げるかのようにスラスラとよく喋る男だ。 「それは珍しいんですか?」 表情を崩さず問い掛ければ彼は少し目を泳がせた。 「珍しい…普通二尺一寸から長くても二尺八寸程度、木刀ですら四尺三寸…あの長さで腰反りが高く先にいってやや先反りもつく…太刀なのに足緒が無い為太刀緒も付けられない…あの刀は一体何を斬る為の刀なのかな?それに大名結び…」 笑止、愚問 「私はあの刀を使った事が無いので分かりませんね、大名結びだか何だかもよく分かりません」 今度こそ山南さんの表情は消えた。 「使った事が無い?」 「はい、あの刀で何かを斬った事はありません」 「……そうかい」 山南さんは短く返事をすると帰っていった。 四尺五寸の大太刀? 下緒が大名結び? 足緒が無い為太刀緒が無い? だからなんだ? なんでこんなに勤勉に調べ上げて分からない? それとも分かっていて口にしない? それならやはり山南は利口な男だ 口は災いの元 容易に喋れば後悔の一途を辿るだろうね 暁… 「透、出ておいで…」 「俺が起きてたの知ってたのかよ…」 「当然だろう?透は気が利くから助かるよ」 「あの人、山南さん…師匠を疑ってんだろ?」 透はドカリと隣に座って胡坐を掻く。 「仕方ないさ…私達は余りにイレギュラーな存在で危険だからね」 「…分かってっけどさ」
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