文久三年【春之壱】

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    「いい加減吐かねぇと死ぬぜ?」 音を耳が拾っても脳には到達しない。 一日目から比べ痛みはほとんど感じない。 目の前の黒い水玉は三日前から水溜まりに変わった。 右目は何も見えない。 左目は辛うじて黒い水溜まりを半分映す程度なら開く。 左腕は折れて両手の指の骨は砕けた様だ。 右膝に微かな違和感は有るが痛みは無い。 声は昨日の昼間に枯れた。 「てめえ如きのつまらねぇ意地や誇りは何の助けにもならねぇ…次生まれてくる時まで覚えとくんだな」 土方さんの大きなため息が聞こえ何かを話しているがやはりよく分からない。 ただ聞こえた音が、自分の頭蓋が割れる音なのか蔵へ誰かが転がり込んで来た音なのかは、もう私にはどうでもよくて、そのまま目を閉じた。 ガァン!! 血に染まった木刀が振り下ろされ頭蓋が割れる僅か寸で蔵の戸に何かが激しくぶつかり、その音に驚いた土方歳三は本庄祿の頭ではなく左肩を打据えた。 派手な音で蔵を開けて飛び込んで来たのは顔面蒼白の… 「…近藤さん?どうした?」 局長近藤勇だった 「歳……大変だ…」 「…何がだ?」 問い掛ける土方歳三の質問を余所に近藤勇は虎鉄を抜いて梁から下がる縄を断った。「おい!!近藤さん!!何してんだ!?」 縄を断たれまっ逆さまに落ちた本庄祿を近藤勇は受け止め横に寝かせる。 「歳、わしらはとんでもない事をしてしまった…」
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