文久三年【春之壱】

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    土方歳三には全く理解が及ばなかったが近藤勇の様子から事態は尋常ではないらしい。 「早く本庄君の治療を…」 あの近藤勇の手が震えて滑舌も良くない。 「何があったってんだ!?」 土方歳三は本庄祿を抱いて蔵を出ようとする近藤勇を呼び止める。 「江戸から……徳川公から書簡が……」 それだけ言い残し走りだす近藤勇に土方歳三は全身の血が凍り付く感覚を覚えた。 直ぐに京で最も腕利きと言われる医者を呼び治療が始まった。 その間、近藤勇は土方歳三と人払いをした自室で書簡を開いた。 書簡には無くなった筈の鉄扇も一緒に包まれていた。 「………何かの冗談か?」 「念のために早馬で山崎君に書簡を持って謁見に行って貰った」 今は如月…それも深夜、気温は零度近くまで下がっていた為汗をかくなどあり得なかったが… ポタッ……ポタッ 胡坐を掻いた土方歳三の前には彼の顎から滴り落ちた汗が畳に染みを作っていた。 「本庄祿が…御側御用取次………徳川の、御庭番?本名は中条資春?」 「歳…中条は、越後の公卿……本庄も中条もかつての会津藩藩主上杉公の臣下、越後十七将の一角、どちらも名将の城主だ」 「…本庄…中条……意味が、分からねぇ…」 気付けば夜は明け沖田総司が部屋の外から声を掛けた。 「…近藤さん、土方さん、お医者様が呼んでいらっしゃいます、治療が終わったそうです…」
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