文久三年【春之弐】

6/13
前へ
/554ページ
次へ
    「あの刀は山南さんの仰っていた通り一文字派の祖、名匠則宗の打った刀です。 菊一文字、八千流と申します。 鎌倉時代に公卿でありながら武将ともあった中条家に後鳥羽上皇が御番鍛冶則宗に打たせた則宗最期にして大太刀初作… 四尺五寸、造り込みは蛤刃で地鉄が乱れ映り 銘は菊に一文字、号は八千流ですが、福岡一文字派ではなく古備前派としての一刀の為、刃文は直刃小丁子乱れです。 売れば今から死ぬ迄何の苦労も無く御膳を頂け莫大な財産も二代先まで遺せるでしょう」 本庄祿は同じ調子でさらりと言い放つ。 簡略すれば国宝だ。 「山南さん…」 「…なんだい?」 「前に、私に何を斬るかと問いましたね?」 「ぁ…あぁ」 「中条流は争いを善としません。中条流には中条流平法口決と言われる物があります。 平法とは平の字『たひらか』又は『ひらし』と読んで夢想剣に通ずる也。 此の心何といふなれば平らかに一生事なきを以って第一とする也。 戦を好むは道にあらず。止事を得ず時の太刀の手たるべき也。 この教えを知らずして此手にほこらば命を捨る本たるべし。」 「戦を止める為の刀と?」 「はい、刀があっては戦を止める事は出来ないとも考えます」 本庄祿の言葉に自ずと答えは出てきた。 菊一文字八千流は 刀ごと敵を斬る為の刀 だから厚みのある頑丈な蛤刃で四尺五寸もあるのだ。 戦の種を一つ遺らず刈り取る為に…
/554ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5136人が本棚に入れています
本棚に追加