文久三年【春之弐】

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    「透を呼んで貰えませんか?」 本庄祿は視線だけを沖田総司に向ける。 「嘘も方便…無関係の長州藩士の方には悪いですが…雨に濡れて頂きましょう」 本庄祿の声は心なしか弾んでさえいた。 拷問の件を丸々長州藩に擦り付け濡れ衣を着せると言っているのだ。 それを聞いて沖田総司は部屋を後にした。 程なく二つの足音がやってきて、戸を開けた瞬間一人は崩れ落ちた。 「…透、おいで」 部屋の入り口で腰を抜かした早阪透は中々動かなかった。 「透?ごめん、こっちへおいで」 見兼ねた沖田総司と山崎烝が両脇を抱えて本庄祿の傍に座らせる。 「………師匠?」 やっと小さく早阪透は本庄祿を呼んだが、目は見開きまるで目の前の現実を受け入れて無い。 「透、ごめん…ヘマした、お前にまで迷惑掛けたね」 「…何だ、これ…やられたの?師匠が、やられたの?」 血の滲む包帯を巻かれた本庄祿は早阪透にとって今までの全ての概念を壊すに等しかった。 本庄祿は負けない。 早阪透が十年信じ続けた事実だ。 「夜眠れなくて外へ出てしまったんだ…そしたら長州藩士に捕まってね…」 「嘘だ」 「本当だよ」 「信じない、絶対に嘘だ…師匠は絶対に負けない…捕まるなんて有り得ない」 早阪透はきっぱりと言い切り取りつく島も無い。 「透、本当だよ…夜の暗がりに私は馴れて無かったんだ…背を取られたら仕舞いだよ」 本庄祿の静かに諭す声は至って穏やかだ。 「だって…だって師匠は強いだろ!!何で!!誰が!!ふざけんなよ!!絶対許さねぇし認めねぇ!!」 早阪透は本庄祿の布団の端を握り怒鳴り立てた。 その際、布団がずれて両腕が露になった 。
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