文久三年【春之弐】

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    「何でだよ…何で俺じゃなかったんだよ……どうして師匠なんだよ…」 早阪透は本庄祿の着流しの袖を握って蹲る。 「透、心配ばかり掛けてごめん」 「悪いって思ってんならもう二度と勝手にどっか行ったりするなよ」 本庄祿は早阪透の言葉に返事を返さず 「ごめん」 そう一言謝った。 「なんで、謝るんだよ…」 「私は、透に言わなきゃいけない事がある……ずっと、誰にも言わずにきたけど」 「なんだよ…」 「透、私は透とずっと一緒には居れない」 「何…言って…」 「私は後四年、いや…後三年しか生きれない」 本庄祿の言葉は部屋の人間全員の意識を奪う。 「……は?師匠…え、怪我そんなに酷い…のか?」 早阪透の視線は本庄祿の全身を隈無く見つめる。 「違う……生れ付きだ、心臓を患っている…生まれた時から二十五歳までしか生きられないと医者に言われている」 「…冗談だよな?…二十五って後三年しか……嘘だろ?」 早阪透の声は裏返り震える。 「…本当だよ、だからお願いがあるんだ」 「聞きたくねぇ…」 「私が生きている間に免許皆伝しろ…そして道場を託す」 「聞きたくねぇっつってんだろ!!!!」 怒鳴り声と共に布団を剥ぐ早阪透を沖田総司と山崎烝は必死に押さえる。 「透、お願いだよ…」 「嫌だ…」 歯を食いしばり早阪透は必死に怒りを押さえつけていた。 「聞いてよ…」 「俺は…俺は師匠と生きて帰る以外絶対に受け入れない!!」 早阪透は走って部屋を出た。 シンと静まる部屋は誰もが居心地悪かった。 「…本当なのか?」 土方歳三の言葉に本庄祿は口を開く。 「本当です、誰かに移る様な病ではありませんので…気にしないで下さい、右目も病の所為で十九の時に失明してるんです」 突然の告白に誰かが息を飲む。 「じゃぁ私と手合わせの時は…既に見えていなかった?」 「…はい」 本庄祿の返事は沖田総司にまざまざと力量差を植え付けた 。
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