文久三年【春之参】

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     部屋の入り口まで来て突然沖田さんは私の袖を引いた。 「本庄さん、気を付けて下さい…芹沢さんは…気に入らなければ消す、そういう人です」 「逆らう気はありませんからそんなに心配しないで下さい」 私と沖田さんの会話も途中で透はピシャリと戸を閉めた。 「そうですよね…それに今は…早阪君の方が大事ですからね」 困り顔で笑う沖田さんに私は自嘲気味に笑って返した。 部屋に入ると透は既に布団に入って私に背中を向けている。 まだ一度も透とまともに会話をしていない。 透は頑固だ、自分が納得するまで絶対に受け入れない 況してや、私が関われば尚更… だから下手に私が歩み寄る様な真似をしたらそれこそ透の自尊心を傷付け二度と心を開いてくれない。 だから、少し距離を置いていたのに…あんないけすかない男に付け込まれるとは思わなかった。 三日後、夕刻になると隊士達は死番以外皆がぞろぞろと島原へ向かって歩きだす。 その先頭は芹沢一派、最後尾に近藤一派 私は芹沢に呼ばれて先頭付近、透は永倉さん達と最後尾 こんなにも遠く感じるのに これから私達は顔を見る事もできない程に離ればなれになるなんて… 全員が席に着き新見の音頭で酒を酌み交わし 着々とその時は近付く… 私と透と他の新人隊士は芹沢や近藤さん達の座る上座が順番に酌をして回り 一周し終えた頃には殆ど全員酔いが回っていた。
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